• 無明 長夜

10月の長い夜


もう数時間もしないうちに10月が終わる頃。

やや急ぎ目にいまこのブログを書いている。

やっと寒く?なってきたものの、

私は何故か先日日焼けをして、顔だけ黒くなった。

■お題「数字」

時間とか、数とかではなく。数字。

意識してみるとあらゆる場所で数字は現れてくる。

社会というものに身を置く人なら、誰もが切り離せないものだと思う。

■何故このお題なのか

n月の長い夜という、ひとりひっそりと続けてきた活動。

いよいよ8回目か。

これのやめ時はいつだろうか。そう考えた。

1年ちょうどがいいのか?いま辞めるのは半端か?

いろいろ考えた。

8とか1とか、数字だけがこの時浮き出て見えて。

少し数字について考えてから結論を出そうと決めた。


■まとめてみる

いつも通り、ツイートを貼ったりはしない。

気になる方は、Twitterにて #10月の長い夜 で検索して欲しい。

実際のツイートよりも、頭の中だけで考えていたことの方が多いかも知れない。

意識してみると、私の頭の中は数字だらけだった。

誰でもそうなのかも知れないが、数字を意識するということはなんだか新鮮で

こんなに無意識の数字があるのだと驚いた。

SNS疲れという言葉もそうだが、我々の生活の中に数字は日々浸食を進めている。

私も、フォロワー数が~とか、色々考えたりもした。

増やすことは、何かを売ったり作ったりする人間としては必要なことではあるが

これに囚われると、どうにもいい傾向にないなと思ったり。

何より私はコミュニケーションが下手くそなのだなと強く感じさせられて

ごちゃごちゃ言いたくないのでまとめると、とにかくしんどくなる。SNS疲れを感じる。

世辞も嫌いだし、腹で何を考えているかわからないと思うと

なかなかアーティスト達となかなか絡む気になれない。(作品を素直にいいなと思う人はたくさんいる)

彼らもまた同じ気持ちだろうと思う。表現の世界にいる人間は、

良くも悪くも変わり者しかいないので、それはそれで仕方ないことなのだろう。

そういうわけで、考えたくない数字というのもたくさんあって。

来年の個展はどれくらい人が来るかな..とか。

とにかくやりたいことの先にある数字は常にしんどいのだ。

ポジティブな数字とすれば、このn月の長い夜を8回目まで続けられたこと。

8”回”と言えば大したことはないが、8”ヶ月”と言えば少しはおおっと言ってもらえるかも知れない。

作品とは言えないが、無理矢理そうするならパフォーマンスなのだろうか。

理想とは異なる形のまま、今日日到っているが、これもまたパフォーマンスの結果としては面白い。

視線の数、と反応の数は比例しない。

街の大道芸やなんかを、ああいいな~と眺めて通り過ぎる人が1000人いたとする。

立ち止まり、拍手を送るのは50人くらい。

そこからチップを入れるのはその内10人いるだろうか。

立ち止まる。という時点で相当なマイノリティであり

さらに金銭を出す価値があると感じるのは超少数。

私は結構、足をとめてみる側で、チップも普通に入れる方だと思う。

これはアーティスト活動をする前からの話で、

すげー!となったらちょっとくらい出すという感覚はたまたま持ち合わせていたようだった。

自分の当たり前の感覚が、他の人にもあるとどこかで思っていたことがそもそも間違いなのだ。

当たり前じゃん。という話だけど。

どこか期待していたのかも知れない。

しかし、この数字というやつを考えると超少数派に自分がいた。

自分がマイノリティであることを、受け入れる気持ちがどこかスッと湧いた。

そんな私にお金を出してくれる人がいることの凄さを、改めて認識した。

そして改めて感謝せねばとは思った。

その人達にとって、そこにお金を出すことは決して当たり前とは限らないのだから。

過ぎ去る景色の一部にはなりたくないなとは日々思う。

しかし私が同じように景色の一部としてみていた人が、

いつの間にかすごい人になっていたりするわけで。

ゆくゆくそうなれたら良いなというスタンスを少しずつ形成している。

芸術というものを作り続けるなら、数字を意識し過ぎてはいけないんじゃないかというのがいまの私が持つ結論だ。

本当は意識しまくるべきところもあるが、いまそこに目を向けても

抗えない何かに打ちひしがれてしまうだけなので。

何度も何度も繰り返すこのループだが、

変わってはいけないのは、前提として私自身が楽しむことを優先するべきということだろう。

それが良い。

■あとがき

さて、 n月の長い夜はこれて終いに致します。

末広がりだとか、なんだとか、縁起を担いだりもできるが、特に数字は意識せず。

ここで良いやと思ったのでこれで終わりにする。

そうすると、最近ただでさえ活発ではないTwitterという場をどうするべきか悩ましいが。

しばしブログだけ書くのもありなのか?とか考えたりしている。

ちなみに最近インスタグラムを再開している。

インプットのためのアウトプット用に、落書きや構想のカケラのようなものとか、とにかく好きにメディアを上げる場として使っている。

言葉に重きを置かない場が、今かえって心地が良いというか、気楽なのでテキトーにやっている。

とにかくリセット癖があるので、いろいろ定着させたいなとは思う。

近々、サイトの方もまたいじる予定だ。

過去作品とか、当時書いたコンセプトとか、もう少しいまの私の言葉でアップデートしようかな。とか。

秘密基地の完成はないのです。

先生、私は今も落ち着きのない子供のままみたいです。

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